Story
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「はやぶさ」イオンエンジン開発者
國中均「深宇宙への夢」

 

☆……2014年12月に打ち上げられた小惑星探査機「はやぶさ2」は、2018年6月27日、3年半の旅を経て「Ryugu」の上空20キロメートルに到着した。これから精密な探査や岩石などのサンプル採取を行い、2020年末の地球帰還を目指す。往復58億キロメートルにおよぶ飛行の主な推力であるイオンエンジンは、奇跡の帰還物語で感動を呼んだ初代「はやぶさ」に搭載されたものの改良型である。このイオンエンジンの開発者が、JAXAの國中均(くになか・ひとし)教授は武蔵高等学校53期の卒業生だ。幾多の困難をのりこえ、「自ら調べ自ら考え」「宇宙に雄飛」した「はやぶさ」と國中教授の物語

■太陽観測部で培った宇宙への憧れ

 2003年5月の打上げから7年、小惑星イトカワのサンプルを携えた探査機「はやぶさ」は、60億㎞の旅を経て、2010年6月13日、地球に帰還した。往路は比較的順調だったが、イトカワへの着陸失敗と再試行の後、「はやぶさ」は通信が途絶し3年間も帰還が遅れる。その帰路にも予定を超える長時間飛行や着陸失敗による損傷のため、「はやぶさ」は幾多のトラブルに見舞われた。当初の予定では「はやぶさ」は地球の衛星軌道でサンプルカプセルを切り離し、本体は無限の宇宙の果てに旅に出るはずだった。しかし、すでに満身創痍だった「はやぶさ」は、確実にカプセルを地上の安全な位置に落下させるため本体ごと大気圏に再突入する。「はやぶさ」は最後に地球を撮影して故郷を見とどけると、カプセルを切り離し、自らは分散焼滅し全ミッションを終えた。
 「はやぶさ」の想像を絶する長旅の主動力を担った「イオンエンジン」。その開発責任者が、武蔵高等学校53期卒業生の國中均氏だ。國中氏は武蔵在学中には「太陽観測部」に所属し宇宙への夢を膨らませた(はやぶさのティームには太陽観測部の後輩も2名参加)。卒業後は京都大学、東京大学大学院に学び、28歳で現在のJAXAの研究員となった。
 イオンエンジンはマイクロ波を使いプラズマを作る電気推進機関で、燃料を燃焼させる化学エンジンに比べてはるかに効率がいい。推進力は1円玉を2mくらいの高さから落とした程度だが、宇宙空間ではパワーよりも耐久力が重要だ。そのため國中氏は18000時間の耐久試験を2度行った。1年は約9000時間だから4年間である。試験はイオンエンジンを真空装置に入れてコンピューターによる自動制御で行われたが、そのプログラム作りも試行錯誤の繰り返しであり、國中氏たちは夏休みも正月も返上し、夜中でも連絡があれば実験室に駆けつけたという。「はやぶさ」のプロジェクトは、イオンエンジンのみならず各部門において緻密な作業が長期間にわたって行われ、その積み重ねがサンプルリターンを成し遂げることになった。奇跡は周到な準備の結果である。

■火事場の馬鹿力、110%の5乗

 「はやぶさ」のイオンエンジンは世界初の実用化でもあった。「はやぶさ」は4機のイオンエンジンを搭載し、計算上は、29000時間の連続飛行が可能だった。しかし宇宙空間では予測不能な事態もおきる。そこで國中氏は「万が一」に備え、エンジンと中和機の組み合わせを変更できるシステムを組みこんだが、これが帰路のエンジントラブルを救うことになった。國中氏はいう「通常の機械は作る人と使う人がちがいます。だからその能力を万が一にそなえて90%で用いるように作られます。『はやぶさ』は基本的に5つのシステムなので、この方式だと90%の5乗、6割弱の力しかでない。ところが、『はやぶさ』は作り手と使い手がいっしょ。だから協力して休ませたりがんばらせたりすることで110%の力がでる。そうすると110%の5乗という力になる。いわば火事場の馬鹿力です」。
 とはいえ、「はやぶさ」が1回目のイトカワタッチダウン(着地)に失敗したとき、國中氏は「お願いだからこれ以上壊さないで。もう帰ろうよ」と思ったと、同窓会の会合で語られた。結果的には、「はやぶさ」は再度タッチダウンを試み、サンプル採取に成功する。

■未来はあるものではなく創るもの

 持ち帰ったイトカワ資料の分析は進み、すでに3000以上もの、ミリからミクロン単位のイトカワ由来のサンプルが検出されており、その3倍程度はさらに見つかるといわれている。かつては望遠鏡で点にしか見えなかったイトカワをついに顕微鏡の世界でとらえることができたのだ。これらのサンプルは、一切地球の外気にふれさせてはいない。また、全体の約3割は手をつけず、未来でよりすぐれた分析方法、知見が生まれたときのため、まだ見ぬ研究者たちのために保存されている。
 その後、2014年には「はやぶさ2」が打ち上げられ、小惑星リュウグウを目指して順調に飛行している。國中均氏は今回もイオンエンジン改良型μ10の開発と、さらに打ち上げ時のプロジェクトマネージャーを担当した。
 リュウグウには炭素系の物質があるとされ、サンプルに有機物が含まれていれば、地球の生命起源と小惑星衝突との関係を知る縁(よすが)となることが期待される。 
 國中氏はイオンエンジンのように「ゆっくりでも進めば届く力」を追求することで、さらなる「深宇宙探査の夢」の可能性を語る。そのためには、もっと短い間隔での実験研究ができる人的、経済的態勢が必要だという。
 「はやぶさ2」の打ち上げが成功した日、國中氏はメディアの「今回も感動を与えてください」という呼びかけに、こう答えた。「もう物語はいりません」。國中均氏は根っからの技術者である。

                                                   (武蔵学園記念室・調査研究員 三澤正男)

※タイトル写真=2015年11月14日に本校大教室で開催された國中教授の特別授業『新領域への挑戦が切り開く宇宙活動』から
写真1枚目=同授業で生徒とディスカッションする國中教授
写真2枚目、3枚目=同授業での國中教授のメッセージ

※撮影 岸田生馬(武蔵高等学校中学校教諭)

 
 
 
 
 
 
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