1955年開催の全校マラソン大会
冬場の運動不足対策として実行されたマラソン大会。スタートの江古田校地から練馬、江古田近辺と目白通りの様子
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スタート前の校長あいさつ・準備体操
マラソン大会の開会あいさつを述べる宮本和吉校長。
挨拶を終える宮本校長。奥に見える建物は江古田校地西側に位置する旧集会所。生徒たちが集合している場所は当時「西庭」と呼ばれており、現在は大学10号館が建てられている。
校長の話に続いて生徒に諸注意をあたえる大坪教諭。その背後に並ぶのは、左から畑龍雄教諭、宮本校長、内田泉之助教頭。右端は鎌田都助教諭と思われる。
場所をグラウンドに移して全員での準備体操、画面奥に校舎(3号館)の時計台が見える。台上で指導するのは武蔵大学・高校中学の双方を兼担した杉本栄教授と思われるが、この動画でははっきりとは分からない。
スタート前にグラウンドで談笑する大坪秀二教諭(左)と畑龍雄教諭(右)。そもそもこのマラソン大会は、冬場の運動不足への対策として畑教諭が計画したもの。
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マラソンのスタート
マラソンのスタート、グラウンドの南側から北に向かう。サッカーゴールの奥の建物は校地西端にあった「愛日寮」と「双桂寮」。
江古田校地北側、千川通りに面した正門から校外に出て西に向かう。生徒を見送る背中は小林奎二教諭。
自転車で伴走する教員。奥に見える塀は、千川通りに沿って設置された武蔵学園の外塀。バスも走る千川通りを西へ、練馬方面に向けて走ってゆく。
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目白通りを東へ
先頭集団を写真撮影する教員と、旗を持って自転車で伴走する教員。千川通りを練馬駅付近まで西走してから折り返して目白通りに入り、東に向かっているところ。
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第1陣のゴール風景
正門に戻ってくる。東側から入って来る生徒たちを迎える教員の中には上田久教諭や松井栄一教諭、旗を持つ福本久雄教諭の姿が見える。
スタート時に見えた愛日寮・双桂寮をまた見て、グラウンドのスタート地点まで戻ってゴール。ばらばらとゴールする先頭集団に続いて後続が列をなして濯川沿いの木立を抜けて来る。
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第2陣のスタート
ピストルを鳴らすのは内田泉之助教頭。
第2陣が目白通りを走る。旗を立てた自転車が伴走しているのは第1陣と同じ。
生徒たちを後ろから撮影。「十三間通り」の別名を持つ目白通りの規模がよくわかる。なぜか生徒たちは歩道だけでなく車道にもはみ出して走っている。
こんどは生徒たちを前から撮影。車道には車も走っている。
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マラソンの終盤
道幅が狭くなり、周囲の状況も変わってきたので、このあたりで目白通りを北へ曲がったのだろう。
ひとり走る生徒。足取りはゆっくりで、調子が悪いのだろう。その影から現在の「江古田通り」を北走しているものと思われる。
交差点に銀行が見える。江古田駅南口交差点付近を左折して千川通りに入り、正門へむかう。
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大会後の表彰式
いつのまにやらゴールして、そのあとの表彰式。壇上の教諭は誰だか判別できないが、その足元には記念品がたくさん積まれている。
生徒たちに記念品を配る。壇上の人物は内田泉之助教頭と畑龍雄教諭。なお背後に見える建物は現在の大学3号館、当時は大学・高校中学の共用だった。
生徒一人づつに品物を渡す内田教頭。先ほどのように配っているわけではないので、表彰式であろうと思われる。
内田教頭のあいさつが終わって解散。
マラソンコースの推定図。千川通りを西へ練馬駅を超えて目白通りとの交差点まで、そこから目白通りを現在の「新江古田」駅まで、そこから北へ千川通りに入って学校に戻る約 5km のコースと推測される。
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