本間則忠理事

(慶応元年8月25日‐昭和13年10月10日)

本間則忠理事(慶応元年8月25日‐昭和13年10月10日)、山形県出身の文部官僚。大正4年12月29日に根津嘉一郎に育英事業の必要性を説いた。根津は自らの構想との一致を見出して以後も協議を重ね、根津育英会・武蔵高等学校の設立へと繋がった。本間は理事として根津育英会の経営に尽力し、理事退任後には富士見高等女学校を設立して自ら初代校長を務めた。
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