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Ⅲ 武蔵大学

人文学部

 大学の拡充,財政の健全化を目指した複学部構想は,学園50周年記念事業の中心課題として取り組まれ,大学創設20年の節目にあたる1969(昭和44)年,人文学部の開設として実現した。この複学部構想は当初,理学部を加えた3学部を目標としていたが,最終的に理学部設置には至らなかった。新設された人文学部は欧米文化学科,日本文化学科,社会学科の3学科構成であったが,経済学部の教養課程の教授陣を吸収して,両学部の教養課程教育をも担った。この年,初代学部長高津春繁教授が新学部構想時に作成していた文章を基に,学生に向けて起草した「人文学部の構成理念」は,その後も学部の基本理念を示すものとして受け継がれてきた。旧来のアカデミズムの枠を超えて,「社会のもつ文化を綜合的かつ立体的に捉える」ことを通して高度な全人格的な教養を身につけた人物の育成を目指したのである。

 この基本理念に基づいて人文学部のカリキュラムは編成され,その特色の第1は共通専門科目にあった。これは欧米文化学科の3専攻,さらに日本文化学科,社会学科を横に結ぶ共通の専門科目であり,各学科・専攻がその主体性を維持しながらも,相互に有機的な関連のなかで,研究教育活動をなしうるきわめて斬新な措置であった。これによって1年次より学生は,関連領域へのある程度開かれた視野のもとに,それぞれの専門知識を学ぶ機会を得ることになった。他方,他学科の専門科目の内容を持った講義を一般教育の単位に読み替えうることとして,形骸化しつつあった新制大学の教養教育の実質の保証を目指した。

 特色の第2は,演習重視と,それを支える学科・専攻研究室の開設であった。人文学部の演習重視のカリキュラムは,経済学部の全学ゼミナール制の伝統とも合致して,武蔵大学の教育の特色の一翼を担うこととなった。学生はそれぞれの学科・専攻の研究室に所属し,各学科専攻の開設する複数の演習に参加しなければならないこととされた。研究室においては,教員と学生と研究資料とが常に密接に結びつけられ,同時にここで行われる演習形式による研究方法の指導と資料処理能力の開発とは,人文学部の教育理念を実現するためのきわめて有力な手段であった。81年,新図書館棟の完成とともに,3号館にあった5研究室は新図書館棟3階に人文学部総合研究室(98年以降は人文学部・社会学部総合研究室)として統合されたが,引続き演習重視の方針は変わりなく,新たな総合研究室の運営について模索が続けられた。

 第3に,文化を考える基礎としての語学教育を重視した。欧米文化学科では第一,第二外国語それぞれ12単位,日本文化学科では第一外国語8単位,第二外国語10単位,社会学科では第一外国語12単位,第二外国語10単位を必修とした。さらに欧米文化学科では71年度より,ドイツ語・フランス語を第一外国語とするクラスについては,1年次に第一外国語12単位を課して集中的に語学力を高める措置がとられた。他に共通科目のなかに第三外国語としてラテン語・ギリシャ語・中国語・スペイン語・ロシア語・イタリア語・ドイツ語・フランス語を置いた。なお第二外国語として,91年からは中国語が日本文化学科・社会学科に,96年からは朝鮮語が日本文化学科に加えられた。

 なお,外国語の必修単位数は,96年以降のカリキュラム改訂のなかで各学科ともに減少し,欧米文化学科英米専攻は18単位,ドイツ専攻・フランス専攻は各20単位,日本文化学科は12単位,比較文化学科は16単位となったが,必修以外に自由に選択できるカリキュラムとなった。

 カリキュラムについては,学部完成から間もない74年以降,カリキュラム検討委員会において学部創設の理念をより有効に実現することを目指して検討が続けられた。80年3月の委員会報告をもって基本方針が固まり,以後実施委員会の手で共通専門科目が整理されるとともに,各学科においてもカリキュラムの検討・改訂が行われた。欧米文化学科では,84年に英米文化専攻がアメリカ人専任教員を採用したのを皮切りに各専攻がネイティブ・スピーカーを専任に加えた。88年改訂のカリキュラムでは,1年次の語学クラスと2年次以後の専攻とを原則的に固定して,専攻コースの専門性を高めるとともに語学教育の充実を図った。また,卒業論文または卒業演習を必修として,個々の学生の1年次の語学から卒業までの学修を自覚的・系統的なものにしようとした。89年改訂の社会学科のカリキュラムでは3,4年次の演習を継続とし,卒業研究レポートを全員に課すこととした。91年,日本文化学科は,専任教員全員が1年次のための基礎演習を開講し,それを選択必修とした。創設当初から卒業論文を必修として最重要視してきた姿勢をいっそう徹底させようとしたものである。

 学部創設時の学生入学定員は,欧米文化学科100名(87年度より150名),日本文化学科50名(73年度より100名),社会学科100名であったが,実質としては欧米文化学科4クラス,日本文化学科3クラス,社会学科3クラスが,語学・体育クラス編成の基準として学部完成以降長く続いていた。91年度から文部省の要請に応えて臨時的定員増を行い,欧米文化学科180名,日本文化学科120名,社会学科150名となった。このとき,学部の入学定員は最大となった。その後,98年の社会学科の社会学部独立,比較文化学科設置を経て,臨時的定員増の半数が漸減し,人文学部の入学定員は,欧米文化学科150名(社会学部における学科増設後は120名),日本文化学科70名,比較文化学科70名となった。

 91年の大学設置基準の大綱化をうけて,人文学部のカリキュラム検討はさらに続いた。従来の一般教育科目を,学部独自の共通専門科目との連携を見通しながら「共通関連科目」として面目一新してスタートしたのは96年である。「自然と環境」「文化と社会」「心と体」の3分野からなり,それに選択外国語を加えて,リレー講義も組み込んだ活力ある教養科目群となった。

 98年,社会学科が社会学部として独立した。それにともなって比較文化学科が誕生し,人文学部は新たな3学科構成となった。比較文化学科の特色は,第1に東アジアを重視すること,第2に文字文化のみならず非文字文化にも力を人れることであった。カリキュラムは文学・思想,民俗・美術の二分野を柱として成り立ち,学生は3年次以降そのいずれかの分野に属して卒業論文を作成することになった。また,時を同じくして欧米文化学科も98年度入学生から卒業論文必修化に踏み切った。これで全学科において卒業論文が必修になったわけである。

 比較文化学科は特色ある学科として受験生からの評価も高く,人文学部の看板学科的な存在へと成長していくことも期待されたが,いわゆる完成年度となる2001(平成13)年以降,学科の枠組みを超えた視野で新たな人文学を構想する議論が積み重ねられた。その結果,比較文化学科を組織としては発展的に解消し,その理念は,学部改組によって再編成される新生3学科に継承させることになった。こうして05年に実現した人文学部の新しい体制が,英米比較文化学科,ヨーロッパ比較文化学科,日本・東アジア比較文化学科である。各学科の入学定員は,英米90名,ヨーロッパ80名,日本・東アジア90名となった。

 従来の欧米文化学科3専攻のうち,英米文化専攻は単独で学科となり,ドイツ文化専攻・フランス文化専攻は「ヨーロッパ」に視野を拡げることで単一の学科を構成し,新しい時代にふさわしい教育課程を編成した。また従来の日本文化学科は,比較文化学科の特色の一つであった「東アジアの重視」という要素を採り込み,日本と近隣諸国との交流という視点を「柱」の一つに加えることで,21世紀に求められる国際性を具えた学科として他の2学科と足並みを揃える結果となった。各学科とも,比較文化学科の理念と教育内容を発展的に継承したことを,学科名称が如実に示していることは言うまでもない。

 具体的には,3学科ともこの05年にスタートした当初からコース制を導入し,英米比較文化学科には英米文化コース・英語コミュニケーションコース・比較文化コースの3コースを,ヨーロッパ比較文化学科にはドイツ文化コース・フランス文化コース・広域ヨーロッパコース・比較文化コースの4コースを,また日本・東アジア比較文化学科には日本文化コース・東アジアコース・比較文化コースの3コースを設置して,学生の系統的学修を促すとともに,3学科に共通して比較文化コースを設けることで人文学部全体が比較文化的アプローチを重視していることを内外に示した。

 英米比較文化学科の英語コミュニケーションコースは,実践的英語運用能力の涵養を特に重視し,卒業論文に替わるものとして「英文エッセイ」の提出を学生に義務づけるなど,新機軸を打ち出したが,学科によってはコース制が学生の自由な科目履修を制限しているとの認識も生まれ,さらにカリキュラム改善の模索が継続されることになった。

 その結果,新しいカリキュラムが導入されることになったのは11年である。このカリキュラム改訂は,理念的に大きな変更をともなうものではなかったが,06年に大学に教務部が創設されて以来,実施に向けて検討と調整が進められてきた全学共通の「総合科目」(人文学部では従来,「共通関連科目」と呼ばれてきた科目群にあたる)の導入を主軸としながら,学部専門科目に関してもゼミ体制のいっそうの整備を図り,併せて従来用いてきた「演習」という科目名称を(一部を除き)「ゼミナール」と変えて大学全体としての一体感を強化するとともに,さらにコース制の部分的修正なども含んでいた。またこれを機に3学科の名称から「比較」を削り,新たに英語英米文化学科,ヨーロッパ文化学科,日本・東アジア文化学科とし,各学科のコース名称についても,比較文化コースを比較・交流文化コースへと変更したのをはじめ,幾つか手直しが施された。なお,学科の名称から「比較」を削ったのは,過去6年間の学科運営のなかで教育研究方法のいっそうの多様化が起こり,比較に加えて越境,交流の視点も重視されるようになったからである。

 各学科の入学定員に関しては,カリキュラム改訂に先立って全学レベルで見直しが行われ,09年から人文学部は3学科とも定員100名となって現在に至っている。

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