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Ⅳ 新制武蔵高等学校・中学校

アメダスの練馬観測所移転の経緯

 2012(平成24)年末をもって,東門横に設置されているアメダスの練馬観測所が石神井公園北側に移転することになった。

 1942年(昭和17年)1月1日,武蔵気象部は東京管区気象台中新井観測所(甲種)の名称で,公的な報告任務をもった定時観測を屋上観測塔ならびに露場で開始した。それに先立つ40年4月に中央気象台管区の観測所として認知はされており,月表も気象庁に送っていたが,『武蔵気象部50年の歩み』の年表によれば,42年1月1日が同観測所名での観測資料が気象庁に保管され始めた正式な観測開始日となっている。

 以来,部員による定時観測は,休日はもちろん,夏期休暇,年末年始もたゆまず行われてきた。第二次世界大戦末期の一時期と,昨年の東日本大震災から新学期までの生徒の登校禁止期間を除いて,欠測がほとんどないことは気象部の誇れる歴史と言える。

 しかし,科学技術,特にロボット,コンピュータ技術が飛躍的かつ加速度的に発達していくなか,77年には中新井観測所は気象庁の地域気象観測システムに編入されることになり,アメダスの練馬観測所として観測と通報を自動的に行うようになった。そのリアルタイムのデータは気象庁のホームページから,今日,誰もが閲覧できるようになっている。その一方,部員による観測も大切な活動の一つとして現在も続けられている。

 この練馬観測所が自動計器による観測を開始して,35年の歳月が流れたが,その間に観測設備のある露場の周辺環境は大きく変化し,測定値に影響を与えるようになった。なかでも近隣住宅の密集度の増加,大学8号館の建設などは,気温,風向,風速,雨量などの計測において,次第に信頼できるデータが捕捉しにくい傾向が現れるようになった。

 東京管区気象台では,2007年より校内での新たな観測機器の設置場所の検討を開始し,学校とも共同して校内別場所で候補地を探したが,条件にかなう場所は見つからなかった。練馬区と東京管区気象台が「アメダス網の同一メッシュ内」で新たな観測所候補地を探すこととなり,その結果,石神井公園北側の日本銀行グラウンド跡地にアメダスの練馬観測所を移転する旨の通告が東京管区気象台よりあった。

 アメダス観測所の移転は他府県で過去にも例があるが,その理由は,ほとんどが地権者との関係によるもので,今回のような周辺環境の変化を主因とする移転はきわめてめずらしい。移転後の方針は以下の通りとなった。

 *露場ならびに気象部使用の百葉箱は学校の施設であるため残る。

 *アメダスの観測機器のうち新観測所で使用するものは撤去される。

 *観測用のポールや雨量計土台など,新観測所で使用しないものは東京管区気象台の所有であるが,学校に払い下げてもらう。

 *新たに自動計測機器を学校が補充・設置し,百葉箱ともども気象部の活動のみならず授業にも積極的に活用していく。

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