欅橋と北極標
欅橋と北極標
濯川にかかる欅橋がいつ作られたのか正確にはわからないが、学校創立後間もないころの写真にも確認できる。
大正時代の江古田校地は、濯川の北側に建造物が集中しており、校舎本館(現大学3号館)、慎独寮、木工金工室などが建てられていた。
濯川の南側はグラウンドになっており、400メートルトラック、屋外バスケットボールコート、テニスコートが設けられていた。
校舎本館に近い欅橋はグラウンドへの通路として利用され、当時の写真が多数現存している。
1930年撮影、欅橋
なお濯川南側のバスケットコートとテニスコートの境は当時並木となっており、現在でも根津化学研究所の南、高中校舎東側にその一部が残っている。
欅橋付近には複数の石碑があるが、そのうち欅橋南側にある「北極標」は生徒の観測・観察に資するためのもので1938年に設置された。
自然石の頂上部を水平に切り、北極を示す十字を刻んだもの。江古田校地内の三か所に設置され、一つは大学3号館正面の松の木の根元に、一つは高中体育館・大学体育館近くに、もう一つが欅橋付近にある。
そのうち体育館付近の北極表には「磁針偏角西五度半 二五八八年」と刻まれている。